「腎臓病は治りません」—— 愛犬がこう診断された時、多くの飼い主さんは真っ暗な気持ちになります。私も長年、診察室でこの宣告をする度に、飼い主さんの肩を落とす姿を何度も見てきました。
確かに、腎臓病は一度壊れた腎臓の機能を元に戻すことはできません。しかし、獣医師として20年以上の経験から断言できるのは、「治らない」=「何もできない」ではないということです。
適切な治療と、特に食事管理によって、腎臓病の進行を大幅に遅らせることができます。実際、私が担当した患者さんの中には、ステージ2で診断されてから5年以上も元気に過ごしているワンちゃんが何頭もいます。
この記事では、腎臓病と診断された愛犬と「少しでも長く、幸せに」過ごすために必要な知識を、診察室でお話しするように、わかりやすく解説していきます。焦らず、一つずつ理解していきましょう。
この記事の著者・監修者:Dr.サク(臨床10年以上)
現役の獣医師、都内動物病院に勤務。腎臓病を中心に、食事療法で数多くの犬の健康寿命を延ばしてきた実績を持つ。専門的な医学的知見に基づき、愛犬に本当に必要なフードを厳選しています。
犬の腎臓病(慢性腎臓病)とはどんな病気?
腎臓の役割と、壊れていくメカニズム(ネフロンの破壊)
腎臓は、体の中の「浄水場」のような存在です。血液をろ過して老廃物を尿として排出し、体内の水分バランスやミネラルバランスを調整する重要な臓器です。
犬の腎臓には、「ネフロン」という小さなろ過装置が左右合わせて約80万個も詰まっています。慢性腎臓病では、このネフロンが少しずつ壊れていき、再生することはありません。
やっかいなのは、腎臓は75%以上の機能が失われるまで、明確な症状が出にくいという点です。これは腎臓の「予備能力」が非常に高いためで、残った25%のネフロンが必死に働いてくれているのです。
しかし、その限界を超えると、体に老廃物が蓄積し始め、さまざまな症状が一気に現れます。これが「尿毒症」と呼ばれる状態です。
なぜなるのか?原因となりやすい犬種・年齢
慢性腎臓病の原因は、実は多くの場合「特定できない」のが現実です。診察室でも「なぜうちの子が…」と聞かれますが、老化に伴う自然な機能低下が積み重なって発症することがほとんどです。
ただし、以下のような要因がリスクを高めることがわかっています。
年齢: 7歳以上のシニア犬に多く、10歳を超えると発症率が急増します。
犬種: 特定の犬種に遺伝的にリスクが高い傾向があります。
- シー・ズー
- コッカー・スパニエル
- ダルメシアン
- サモエド
- ブル・テリア
その他の要因:
- 若い頃の感染症(レプトスピラ症など)
- 薬物中毒
- 長期間の高血圧
- 歯周病などの慢性炎症
私の臨床経験では、歯周病が進行している高齢犬に腎臓病が多い印象があります。口内の細菌が血流を通じて腎臓にダメージを与える可能性があるため、日頃の歯磨きも実は腎臓を守る行動なのです。
「急性」と「慢性」の違い(今回は慢性について解説)
腎臓病には「急性腎不全」と「慢性腎臓病」の2種類があります。
急性腎不全は、毒物の誤飲や重度の脱水、薬物などによって、数時間〜数日で急激に腎機能が低下する状態です。緊急治療が必要ですが、原因を取り除けば回復する可能性があります。
一方、慢性腎臓病は数ヶ月〜数年かけてゆっくり進行し、一度壊れた腎臓は元に戻りません。この記事では、より一般的で長期的な管理が必要な「慢性腎臓病」について解説していきます。
早期発見が命!見逃してはいけない初期症状チェックリスト

腎臓病の進行を遅らせる最大のカギは「早期発見」です。しかし、初期段階では症状が非常にわかりにくいのが現実です。
診察室でよく「もっと早く気づいてあげられたら…」と後悔される飼い主さんを見ますが、どうか自分を責めないでください。腎臓病の初期症状は、本当に見逃しやすいのです。
以下のチェックリストで、愛犬の様子を観察してみましょう。
【ステージ1〜2】多飲多尿・尿の色が薄い
最も早く現れるサインが「水をたくさん飲む」「おしっこの量が増える」です。
腎臓の濃縮機能が低下すると、体は薄い尿をたくさん作るようになります。その結果、体の水分が失われるため、のどが渇いて水を多く飲むようになるのです。
具体的な飲水量の目安:
健康な犬の1日の飲水量は、体重1kgあたり約50〜60ml程度です。
- 5kgの犬: 250〜300ml
- 10kgの犬: 500〜600ml
- 20kgの犬: 1,000〜1,200ml
体重1kgあたり100ml以上飲んでいる場合は、腎臓病の可能性を疑い、動物病院を受診してください。
また、尿の色にも注目しましょう。健康な尿は黄色〜濃い黄色ですが、腎臓病の初期では水のように透明に近い薄い色になります。トイレシートをこまめにチェックする習慣をつけてください。
【ステージ3以降】食欲不振・嘔吐・体重減少・口臭(アンモニア臭)
病気が進行すると、体内に老廃物が蓄積し、より明確な症状が現れます。
食欲不振: 「いつものご飯を残すようになった」「おやつにも興味を示さない」—— これは尿毒症による吐き気が原因です。胃腸が老廃物の影響を受け、常にムカムカしている状態です。
嘔吐: 朝方や空腹時に透明〜黄色い液体を吐くことが増えます。胃液だけを吐く「空嘔吐」も特徴的です。
体重減少: 食欲低下と、筋肉が分解されやすくなることで、じわじわと痩せていきます。毛並みが悪くなり、触ると骨がゴツゴツ感じられるようになります。
口臭(アンモニア臭): 血液中の老廃物が増えると、口から「ツーンとしたアンモニアのような臭い」がするようになります。これは尿毒症のサインです。診察室でも、この臭いで腎臓病の進行を感じ取ることがあります。
特に夜中や朝方に『黄色い泡』や『白い泡』を吐く場合の具体的な対策については、こちらの記事にまとめています。
▼犬が腎臓病で嘔吐(黄色い泡)する原因と対策|獣医師直伝の食欲復活テクニック
末期症状(尿毒症)と震え・痙攣について
ステージ4の末期になると、尿毒症の症状がさらに深刻化します。
- ぐったりして動かない
- 口内炎がひどく、よだれが止まらない
- 体温が下がる(低体温)
- 意識がもうろうとする
- 震えや痙攣が起こる
震えや痙攣は、血液中の老廃物が脳にまで影響を及ぼしている状態です。この段階では、入院治療や緩和ケアが必要になります。
ここまで進行する前に、定期的な血液検査で早期発見することが何より大切です。 7歳を超えたら、年に1〜2回は健康診断を受けることを強くおすすめします。
病院での検査数値の読み方【BUN・Cre・SDMA】

動物病院で血液検査を受けると、腎臓に関する数値がいくつか出てきます。「数値が高いと言われたけど、何を意味するのかよくわからない…」という声をよく聞きます。
獣医師として、飼い主さんにも数値の意味を理解していただきたいと思っています。一緒に読み解いていきましょう。
血液検査(BUN、クレアチニン、SDMA)の意味
BUN(血中尿素窒素)
タンパク質が分解されてできる老廃物です。通常は腎臓でろ過されて尿に排出されますが、腎機能が低下すると血液中に蓄積します。
- 正常値: 7〜27 mg/dL(検査機関によって若干異なる)
- 注意点: 食事内容(高タンパク食)や脱水でも上昇するため、腎臓病の確定診断には使えません
クレアチニン(Cre)
筋肉の代謝産物で、BUNよりも腎機能を反映しやすい指標です。腎臓病の診断とステージ分類に使われます。
- 正常値: 0.5〜1.5 mg/dL
- 重要: 筋肉量が多い犬種や痩せている犬では数値の解釈が変わります
血液検査の結果、これらの数値が基準値を超えていた場合の具体的な原因や、数値を改善するための対策については、以下の個別記事で詳しく解説しています。
▼犬のBUN(尿素窒素)が高い原因は?数値だけ見て焦る前に確認すべきこと
▼犬のクレアチニンを下げる食べ物と食事管理|数値の意味と寿命を獣医師が解説
SDMA(対称性ジメチルアルギニン):
近年注目されている新しい腎機能マーカーです。クレアチニンよりも早期に(腎機能が40%低下した時点で)異常値を示すため、早期発見に非常に有効です。
- 正常値: 0〜14 μg/dL
- 15以上で腎機能低下を疑います
私の病院では、7歳以上の犬には必ずSDMAも測定するようにしています。「まだクレアチニンは正常だけど、SDMAが少し高い」という段階で食事管理を始められれば、進行を大きく遅らせることができるからです。
SDMAはクレアチニンよりも早期に異常を検知できる非常に有用な検査です。数値が「15」を超えた場合に家で何をすべきか、具体的なケアについては以下の記事でさらに詳しく解説しています。
▼犬のSDMAが高い原因と食事|クレアチニン正常でも要注意?獣医師が解説
また、腎臓病が進むと「貧血」が起き、ふらつきや食欲低下の原因になります。歯茎の色が白いと感じる方は、こちらも確認してください。
▼犬の腎性貧血とは?フラつきや白い歯茎の原因と、造血治療・食事ケアを獣医師が解説
SDMAのさらに先を行くFGF23という警報機
多くの飼い主さんがクレアチニンやSDMAの数値で一喜一憂していますが、実はこれらが上昇するよりも前に、腎臓が悲鳴を上げているサインが存在します。
それがFGF23(線維芽細胞増殖因子23)です。
2023〜2024年の最新研究やガイドラインでは、FGF23は血液中のリン濃度が上昇する前から増加し、将来の生存期間短縮を予測する非常に早期のマーカーであることが示されています。
従来の検査で「リンは正常だから、まだ食事制限は不要」と言われていても、FGF23が高値の場合、水面下でミネラル代謝異常(CKD-MBD)がすでに始まっている可能性があります。
SDMAがグレーゾーンの場合、かかりつけ医に「外部検査でFGF23を測定できますか」と相談してください。
FGF23が高値であれば、ステージ1〜2の早期段階からリン吸着剤や低リンのトッピングを開始する明確な根拠となり、腎臓の寿命を大きく延ばせる可能性があります。
尿検査(比重、UPC)の重要性
血液検査だけでなく、尿検査も腎臓病の診断には欠かせません。
尿比重:
尿の濃さを示す数値です。腎臓がちゃんと尿を濃縮できているかがわかります。
- 正常値: 1.030以上
- 1.008〜1.012(等張尿): 腎臓の濃縮機能が完全に失われている状態
尿比重は、血液検査よりも早期に腎機能の低下を検出できることがあります。
UPC(尿タンパク/クレアチニン比):
尿中にタンパク質が漏れ出ていないかを調べる検査です。
- 正常値: 0.2未満
- 0.2〜0.5: ボーダーライン
- 0.5以上: タンパク尿あり(腎臓のダメージが進行している可能性)
タンパク尿がある場合、腎臓病の進行が早いため、より積極的な治療が必要になります。
エコー・レントゲンでわかること
画像検査では、腎臓の「見た目」の変化を確認します。
超音波検査(エコー):
- 腎臓の大きさ(慢性腎臓病では小さく萎縮していることが多い)
- 腎臓の構造の異常(水腎症、腫瘍、結石など)
- 血流の状態
レントゲン:
- 腎臓の大きさや形
- 結石の有無
画像検査は、腎臓病の「原因」を探るのに役立ちますが、機能の評価には血液検査・尿検査が主役です。
余命はどれくらい?IRISステージ分類と生存期間

「あとどれくらい一緒にいられますか?」—— 診察室で最も聞かれる、そして最も答えにくい質問です。
余命は個体差が大きく、一概には言えません。しかし、国際的な基準である「IRISステージ分類」を理解することで、今の状態と今後の見通しをある程度把握することができます。
ステージ1〜4の定義と、一般的な余命の目安
| ステージ | クレアチニン値 | 腎機能 | 主な症状 | 一般的な予後(余命) |
|---|---|---|---|---|
| ステージ1 | <1.4 mg/dL | 正常〜軽度低下(66%以上残存) | ほぼ無症状。尿検査や画像で異常が見つかる程度 | 適切な管理で数年〜 |
| ステージ2 | 1.4〜2.0 mg/dL | 軽度〜中等度低下(33〜66%残存) | 多飲多尿が目立つ。食欲は正常なことが多い | 適切な管理で2〜4年以上 |
| ステージ3 | 2.1〜5.0 mg/dL | 中等度〜重度低下(15〜33%残存) | 食欲不振、嘔吐、体重減少が見られる | 数ヶ月〜2年 |
| ステージ4 | >5.0 mg/dL | 重度低下(15%未満残存) | 尿毒症の症状が強い。QOL低下 | 数週間〜数ヶ月 |
重要な補足:
これはあくまで「平均的な」データです。私が診てきた患者さんの中には、ステージ3で診断されてから3年以上元気に過ごしている子もいます。
余命を左右する要因は以下の通りです。
- 早期発見と食事管理の徹底度
- タンパク尿の有無(UPC)
- 貧血の程度
- 高血圧の有無
- 飼い主さんの治療へのコミット度
「余命宣告」よりも大切なQOL(生活の質)の話
正直に言います。獣医師として、私は「余命」という言葉があまり好きではありません。
なぜなら、残された時間の「長さ」よりも、その時間の「質」の方がはるかに大切だからです。
ステージ4で余命数ヶ月と言われても、痛みや苦しみなく、好きなご飯を食べて、飼い主さんと穏やかに過ごせる時間があれば、それは「幸せな時間」です。
逆に、余命が長くても、毎日の投薬や治療でストレスだらけ、食べたいものも食べられない生活では、犬にとって幸せとは言えません。
私が診察室で飼い主さんにお伝えするのは、「残り時間を気にしすぎるのではなく、今日、明日を愛犬が心地よく過ごせるように工夫しましょう」ということです。
各ステージごとの詳細な症状や、余命宣告を乗り越えて長生きするための具体的な過ごし方については、こちらの記事で詳しく語っています。
▼犬の腎臓病ステージ別の余命と症状|生存期間を延ばす食事療法を獣医師が解説
【最期の時を穏やかに過ごすために】
いつの日か必ず訪れる「お別れ」の時。後悔しない看取りをするために、そして愛犬に最後まで「笑顔」を見せるために、知っておいてほしいことがあります。
獣医師が解説する主な治療法
慢性腎臓病は「治らない」病気ですが、進行を遅らせ、症状を和らげる治療法はたくさんあります。
内科的治療(吸着剤、降圧剤、造血剤など)
腎臓病の治療は、複数の薬を組み合わせて行います。
吸着剤(リン吸着剤):
腎機能が低下すると、血液中のリンが増えます。リンは腎臓をさらに傷つけるため、食事中のリンを吸着して排出する薬を使います。
- 代表例: レンジアレン、カリナール
降圧剤(ACE阻害薬・ARB):
腎臓病では高血圧を合併することが多く、放置すると腎機能がさらに悪化します。また、これらの薬には腎臓を保護する効果もあります。
- 代表例: エナラプリル、ベナゼプリル、テルミサルタン
腎臓病治療では、長年ACE阻害薬(エナラプリルなど)が使用されてきましたが、近年その考え方は大きく変わりつつあります。
特にタンパク尿が出ている犬では、テルミサルタン(ARB)の方が腎保護効果が高いことが証明されています。
2024年の比較研究では、テルミサルタンはエナラプリルと比較して、腎障害の原因となるタンパク尿(UPC)を50%以上強力に減少させることが示されました。さらに、長期的な腎機能保護効果も高いと報告されています。
タンパク尿があると言われ、長期間ACE阻害薬を使用しているにもかかわらず数値が改善しない場合、主治医に
「テルミサルタン(セミントラなど)への変更は適応になりますか」
と相談してみてください。この選択が将来の腎機能に大きな差を生む可能性があります。
腎性貧血治療も進化しています。従来は注射製剤が中心でしたが、HIF-PH阻害薬(モリデュスタット)という経口造血薬が登場し、犬での有効性も確認され始めています。通院や注射の負担を減らす新たな選択肢として知っておく価値があります。
造血剤(エリスロポエチン):
腎臓はエリスロポエチンという「赤血球を作れ!」という指令ホルモンを分泌しています。腎機能が低下すると貧血になるため、このホルモンを注射で補充します。
制吐剤:
尿毒症による吐き気を抑えます。食欲が戻ることで体力維持につながります。
活性炭・吸着剤:
腸内で老廃物を吸着し、便として排出させます。
私の経験では、薬は「飲ませること」が何より大切です。無理に飲ませてストレスになるようなら、獣医師と相談して投与方法を工夫しましょう。
サプリメント(活性炭やリン吸着剤)の選び方や、本当にエビデンスがある製品については、こちらの『サプリメント徹底比較ガイド』を参考にしてください。
最新トレンド 腸を第二の腎臓にする腸腎連関アプローチ
近年は腸内環境を整えることで尿毒素の排出を促す、攻めのケアが注目されています。これを腸腎連関(Gut-Kidney Axis)と呼びます。
腎機能が低下すると排出できない毒素が腸内に蓄積し、悪玉菌が増殖し、それがさらに腎臓を傷害するという悪循環が起こります。これを断ち切るために、次の2点が重要です。
1.特定のプロバイオティクスの活用
すべての乳酸菌が有効なわけではありません。ラクトバチルス・アシドフィルスなど特定の菌株は、尿毒素であるインドキシル硫酸を減少させ、腎機能低下を緩やかにする可能性が示されています。
2.オメガ3脂肪酸の十分な投与量
EPAやDHAは腎臓の炎症抑制に有効ですが、研究では高用量(EPA+DHAとして約200mg/kg/日)で投与することで、タンパク尿の減少や生存期間延長が期待できると報告されています。
腎臓の代わりに腸に働いてもらう。これが自宅で実践できる最新の「食べる透析」という考え方です。
点滴治療(静脈点滴と自宅での皮下点滴)
点滴治療は、腎臓病治療の柱の一つです。
静脈点滴(入院治療)
ステージ3以上で、食欲がなく脱水がひどい場合は、数日間入院して静脈点滴を行います。体内の老廃物を洗い流し、体調を立て直す効果があります。
皮下点滴(自宅治療)
ステージ2〜3で、状態が安定している場合は、自宅で皮下点滴を行うことができます。
皮下点滴のメリット:
- 通院ストレスがない
- 定期的に行うことで、脱水を予防し体調を安定させられる
- 週2〜3回行うことで、クレアチニン値の上昇を抑えられる
最初は「自分にできるかな…」と不安に思う飼い主さんが多いですが、慣れれば5分程度でできるようになります。愛犬のためにがんばる飼い主さんの姿を見ると、私もいつも胸が熱くなります。
自宅での皮下点滴の具体的な手順や注意点は、犬の皮下点滴を自宅で!獣医師が教える正しいやり方と注意点で動画付きで解説しています。
腎臓病の治療は生涯続くため、費用の負担は決して軽くありません。「毎月いくらかかるのか」「今から保険に入れるのか」といったお金の不安に対する、獣医師としての本音と対策をまとめました。
【最重要】寿命を延ばすための「食事療法」

ここまで様々な治療法を紹介してきましたが、腎臓病の進行を最も大きく左右するのは「食事」です。
これは私の20年以上の臨床経験と、世界中の研究データが証明しています。適切な療法食を与えた犬は、そうでない犬に比べて平均で2倍以上長く生存するという報告もあります。
なぜ「低タンパク・低リン」が必要なのか?栄養学的根拠
低タンパクにする理由
タンパク質は体に必要な栄養素ですが、分解される際に「老廃物(尿素窒素など)」が発生します。腎機能が低下していると、この老廃物を排出しきれず、体内に蓄積して尿毒症を引き起こします。
ただし、「タンパク質を極端に減らせばいい」わけではありません。タンパク質不足になると筋肉が分解され、体力が落ちてしまいます。
大切なのは「適量の、良質なタンパク質」です。 腎臓病用の療法食は、この絶妙なバランスが計算されています。
低リンにする理由
腎機能が低下すると、リンの排出ができなくなり、血液中のリン濃度が上昇します。高リン血症は以下のような悪影響をもたらします。
- 腎臓の線維化を促進(=腎臓病が加速する)
- 副甲状腺機能亢進症を引き起こす
- 骨がもろくなる
- 食欲低下
リンのコントロールこそが、腎臓病治療の最重要ポイントと言っても過言ではありません。
療法食(ドライ・ウェット)の活用法
腎臓病用の療法食は、低タンパク・低リン・低ナトリウムに調整され、さらにオメガ3脂肪酸などの腎保護成分が配合されています。
ドライフード(カリカリ)
- 保存が効く
- 歯石予防になる
- コストパフォーマンスが良い
ウェットフード(缶詰・パウチ)
- 水分を多く含むため、脱水予防になる(非常に重要!)
- 嗜好性が高く、食欲がない時でも食べやすい
- 歯が悪い高齢犬でも食べられる
私が診察室でおすすめしているのは、ドライ7:ウェット3くらいの比率で混ぜる方法です。水分補給とコストのバランスが良く、続けやすいです。
食べない時の工夫とトッピングの注意点
「療法食に切り替えたら食べなくなった…」—— これは本当によく相談される悩みです。
腎臓病の犬は尿毒症で気持ち悪く、食欲が落ちています。そこに「味気ない療法食」を出されても、食べたくないのは当然かもしれません。
食べない時の工夫
- 温める: 37〜40℃に温めると香りが立ち、嗜好性がアップします
- ふやかす: ぬるま湯でふやかして柔らかくすると食べやすくなります
- 少量ずつ、回数を増やす: 1日3〜4回に分けて与える
- 手から与える: 飼い主さんの手から食べさせると、安心して食べることがあります
トッピングの注意点
どうしても食べない時は、トッピングで工夫するのも一つの手です。ただし、以下に注意してください。
OK なトッピング
- 鶏ささみ(茹でたもの・少量)
- カッテージチーズ(低脂肪のもの・ごく少量)
- かぼちゃやさつまいも(少量)
NGなトッピング
- 煮干し、かつお節(リンが非常に高い!)
- チーズ(リン・塩分が高い)
- ジャーキー系おやつ(塩分・タンパク質が高い)
重要: トッピングは全体の食事量の10%以内に抑えてください。それ以上増やすと、せっかくの療法食のバランスが崩れてしまいます。
また、おやつをあげる際の『食べていいもの・悪いもの』の具体的なリストはこちらの記事にまとめています。
獣医師おすすめの療法食(ロイヤルカナン、ヒルズ、Yum Yum Yum!など)
市販されている腎臓病用療法食の中で、臨床的に実績があり、私が実際に処方しているフードを紹介します。
ロイヤルカナン 腎臓サポート
- 世界中で最も使用されている療法食の一つ
- ドライ・ウェット共に嗜好性が高い
- リンの制限がしっかりしている
ヒルズ k/d
- 歴史が長く、エビデンスが豊富
- オメガ3脂肪酸が豊富
- ステージに応じた種類が選べる
Yum Yum Yum!(ヤムヤムヤム)腎臓ケア
- 国産で、自然な食材を使用
- 嗜好性が非常に高い
- 少し高価だが、「これなら食べる!」という犬が多い
どの療法食が合うかは、犬の好みや体調によります。1種類だけにこだわらず、いくつか試してみることをおすすめします。
食事管理は腎臓病治療の柱です。どのフードを選べば良いか迷う方は非常に多いですが、詳しくは以下の記事をご覧ください。
⬇️ 獣医師が選ぶ犬の腎臓病療法食ランキング2025|食べない時の救世主]
また「療法食を全く食べてくれない」という悩みは非常に深刻です。診察室で指導している、食欲を復活させる裏技はこちらにまとめています。
⬇️犬が腎臓病のフードを食べない!食欲を復活させる7つの裏技【獣医師伝授】
【食べない時・トッピング・おやつの悩み】
「療法食を食べてくれない」「ドライフードが苦手」「おやつをあげたい」という悩みには、それぞれの解決策があります。自己流で与えると数値を悪化させる危険があるため、以下の獣医師監修ガイドを参考にしてください。
よくある質問(FAQ)
診察室でよく受ける質問をまとめました。
Q. おやつはあげてもいいですか?
A. 基本的には腎臓病用のおやつに限定してください。
市販のおやつは、タンパク質・リン・塩分が高いものがほとんどです。「少しだけなら…」と思っても、毎日積み重なると腎臓への負担は大きくなります。
腎臓病用のおやつ(ロイヤルカナンやヒルズから出ています)を活用するか、療法食のドライフードを1粒ずつご褒美として与えるのがおすすめです。
Q. 手作りご飯だけで管理できますか?
A. 可能ですが、栄養バランスの計算が非常に難しく、おすすめしません。
「愛犬のために手作りしてあげたい」というお気持ちは、獣医師としてとても嬉しいです。しかし、腎臓病の食事管理は想像以上に繊細です。
手作り食の難しさ
- タンパク質・リン・カリウム・ナトリウムの計算が複雑
- 食材ごとの栄養価のバラつき
- 毎日正確に計量・調理する手間
- ビタミン・ミネラルのバランス調整
私が診てきた中で、手作り食で管理しようとして失敗し、腎臓病が急速に悪化したケースを何度も見てきました。
もし手作り食にこだわるなら
- 必ず獣医栄養学の専門家に相談する
- 定期的な血液検査でモニタリングする
- 基本は療法食にして、トッピング程度に手作りを加える
「愛情」と「正確な栄養管理」は別物です。愛犬の命を守るためには、科学的に設計された療法食をベースにすることを強くおすすめします。
Q. 腎臓病は予防できますか?
A. 完全な予防は難しいですが、リスクを減らすことはできます。
腎臓病の多くは原因不明の加齢性変化ですが、以下のことを心がけることでリスクを下げられます。
1. 定期的な健康診断(7歳以上は年2回)
早期発見が何より大切です。血液検査・尿検査で、症状が出る前に異常を見つけられます。
2. 歯周病の予防
慢性的な炎症が腎臓にダメージを与える可能性があります。毎日の歯磨きを習慣にしましょう。
3. 適切な水分摂取
脱水は腎臓に負担をかけます。常に新鮮な水を用意し、飲水量が少ない場合はウェットフードで水分補給を。
水を飲まなくなってきた時の具体的な工夫や、1日の必要量の計算方法については、こちらの記事を参考にしてください。
⬇️犬が腎臓病で水を飲まない!脱水を防ぐ「魔法の37度」と飲水量計算式を獣医師が伝授
4. 適正体重の維持
肥満は腎臓病のリスクを高めます。
5. 有害物質の回避
- ブドウ・レーズン(急性腎不全の原因)
- ユリ科植物(猫では有名ですが、犬でも注意)
- 人間用の薬(特にNSAIDs系の痛み止め)
6. 質の良い食事
若いうちから、添加物の少ない良質なフードを与えることも大切です。
私の病院では、7歳を超えたらすべての犬に「シニアドック(血液検査・尿検査・超音波検査)」を年1回おすすめしています。「まだ元気だから大丈夫」と思っているうちに検査を受けることが、長生きの秘訣です。
また、腎臓病の犬にとって、日本の「冬の寒さ」や「夏の暑さ」は命取りになります。また、治療をサポートするサプリメントも、本当に効果があるものを選ぶ必要があります。
【お知らせ】もう、愛犬の「数値」に怯える毎日を終わりにしませんか?
腎臓病ケアで最も大切なのは、病院では教えてくれない「自宅での具体的なアクション」です。
ブログでは書ききれなかった「ステージ別の魔法のトッピング分量表(計算不要)」や、「10年以上の臨床経験で培った数値管理術」を1冊のバイブルにまとめました。
私が診察室で30分かけてお話ししている内容のすべてを凝縮しています。
まとめ: 腎臓病は「チーム戦」。飼い主、犬、獣医師で協力すれば怖くない
ここまで長い記事を読んでくださり、ありがとうございます。
「腎臓病は治らない」—— この事実は変わりません。しかし、私が獣医師として20年以上、何百頭もの腎臓病の犬を診てきた経験から断言できることがあります。
適切な治療と食事管理で、進行を大幅に遅らせることができる。 そして、愛犬は今日も、明日も、幸せに過ごすことができる。
腎臓病の治療は「チーム戦」です。
- 獣医師が診断し、治療方針を立てる
- 飼い主さんが毎日の食事管理と観察を行う
- 愛犬が、一生懸命に生きようとする
この3者が協力すれば、腎臓病は決して怖い病気ではありません。
診察室でよく、「もっと早く気づいてあげられたら…」「もっと良いフードを食べさせてあげていたら…」と涙を流される飼い主さんがいます。
でも、過去を後悔する必要はありません。大切なのは「今日から」何をするかです。
まずは、今日の食事を見直すことから始めましょう。
療法食に切り替える。
新鮮な水をたっぷり用意する。
愛犬の飲水量をチェックする。
小さな一歩が、愛犬の未来を大きく変えます。
この記事が、腎臓病と診断された愛犬と「少しでも長く、幸せに」過ごすための道しるべになれば、獣医師として、これほど嬉しいことはありません。
あなたと愛犬は、一人じゃない。私たち獣医師が、いつもそばにいます。
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📚 参考文献・出典(獣医師監修)
本記事は、以下の国際的な腎臓病ガイドラインおよび研究論文に基づき執筆されています。
-
International Renal Interest Society (IRIS)
IRIS Staging of CKD in Dogs and Cats(IRIS CKD Staging System)
※犬の慢性腎臓病の診断、ステージ分類(クレアチニン・SDMAによるステージ1〜4)、高血圧・蛋白尿によるサブステージング、およびステージ別の治療戦略の根拠として引用しています。[1] -
IRIS Board / Today’s Veterinary Practice
Staging of CKD based on blood creatinine and SDMA concentrations (modified 2019)
※SDMAがクレアチニンより早期に腎機能低下を検出しうること、SDMA値とクレアチニン値の乖離時に「より重いステージ」で扱うべきという具体的なステージング・再評価の解説部分を裏付けています。[2] -
IRIS
IRIS Staging of CKD in Dogs and Cats – 2023 update
※2023年改訂における犬のCKDステージ別クレアチニン・SDMAカットオフ(例:SDMA >18 μg/dL でステージ2として扱うなど)に関する最新の基準を参照し、「SDMAが高いと言われた時の再検査・経過観察」の推奨に反映しています。[3] -
Pedrinelli V. et al.
Nutritional and laboratory parameters affect the survival of dogs with chronic kidney disease
※腎臓病用療法食(リン・タンパク制限など)を摂取した犬では、維持食と比べて尿毒症クライシス発症までの期間および生存期間が延長した、というエビデンスとして「腎臓病の犬の療法食・栄養管理が予後を改善しうる」という記述を裏付けています。[4] -
ACVN / Today’s Veterinary Practice
Nutritional Management of Chronic Kidney Disease
※CKDにおけるリン・タンパク質・オメガ3脂肪酸など「腎臓病の犬の手作りご飯とリン制限」に関連する栄養学的要点、およびタンパク制限食が糸球体構造障害や生存期間に与える影響についての説明部分の根拠としています。[5] -
American College of Veterinary Internal Medicine (ACVIM)
ACVIM consensus statement: Guidelines for the identification, evaluation, and management of systemic hypertension in dogs and cats (2018)
※CKDに合併する高血圧の診断基準、血圧測定方法、リスク分類、降圧薬開始のタイミングなど、「腎臓病と高血圧管理」「ステージ4の余命と緩和ケア」における血圧コントロールに関する記述を支える根拠としています。[6] -
Lees G. et al. / ACVIM
2004 ACVIM Forum Consensus Statement: Assessment and Management of Proteinuria in Dogs and Cats
※持続性蛋白尿がCKD犬の予後不良因子であること、UPC値に基づくACE阻害薬などの治療開始基準など、「蛋白尿の評価と治療」「尿検査の重要性」を解説する部分の科学的根拠としています。[7] -
日本獣医腎泌尿器学会誌
Hypertension and proteinuria in dogs and cats with chronic kidney disease
※日本語圏の臨床現場に即したCKD犬の高血圧・蛋白尿管理に関する知見として、降圧療法が蛋白尿を軽減しうることや、その限界に関する解説を補強する目的で引用しています。[8]
【執筆者プロフィール】
獣医師 Dr.サク
獣医師歴10年以上。腎臓病・内分泌疾患を専門とし、これまで1万頭以上の腎臓病患者を診療。「飼い主さんと一緒に、愛犬の幸せを守る」をモットーに、わかりやすい説明と丁寧な診療を心がけている。




















