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「心臓病になったら塩分を減らせばいい」——半分は正しいですが、半分は不十分です。
心臓病の食事管理で本当に大切なのは、ナトリウムだけでなくタウリン・L-カルニチン・タンパク質量・体重管理を組み合わせたトータルマネジメントです。そして「何を避けるか」と同じくらい「何をどれだけ食べさせるか」が重要です。
この記事では、現役獣医師のDr.サクが、心臓病の犬の食事療法を具体的な数値基準とともに解説します。「うちの子はステージB1。何を買えばいいの?」という疑問に直接答える構成にしています。
なぜ犬の心臓病に食事管理が必要なのか——EPIC試験が教えてくれること
犬の心臓病(特に僧帽弁閉鎖不全症:MVD)における食事管理の重要性を科学的に裏付けた大きな転換点が、2016年に発表されたEPIC試験です。
EPIC試験(Effect of Pimobendan In Dogs with Preclinical Mitral Valve Disease Study)は欧州を中心に実施された多施設前向き無作為化二重盲検試験で、症状のない心拡大ステージB2の犬360頭以上を対象に、ピモベンダン(強心薬)の早期投与効果を検証しました。その結果、B2段階からのピモベンダン投与が症状発症を平均15ヶ月遅延させることが証明されました。
この試験をもとにACVIM(米国獣医内科学会)が2019年に発表したコンセンサスガイドラインは、現在の標準治療と食事管理の指針になっています。ガイドラインではステージ別の投薬基準と並んで、「適切なナトリウム管理・タウリン・L-カルニチン・オメガ3の確保」が推奨されています。
「食事を変えても意味があるの?」と思われる飼い主様もいますが、薬と食事の両輪で管理することが病態進行を遅らせる現在のスタンダードです。
心臓病の食事管理でよくある3つの誤解
誤解① 「塩分ゼロに近づけるほど良い」
ナトリウムの極端な制限(0.05%未満)は、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)を過剰に活性化させ、心臓への負担をむしろ増やすことがあります。ACVIM 2019ガイドラインに基づく推奨範囲はステージによって異なり、B2では0.15〜0.30%(乾物ベース)が目安です。低ければ低いほど良いわけではなく、ステージに合わせた「適切な制限」が重要です。
誤解② 「タンパク質を減らすべき」
腎臓病ではタンパク質制限が基本ですが、心臓病ではむしろ削ってはいけません。心臓病の犬は「悪液質(カヘキシア)」と呼ばれる筋肉消耗が起きやすく、筋肉が減ると予後が悪化します。ACVIM 2019では粗タンパク質18〜25%以上の維持が推奨されており、特にC・D段階の犬では積極的なタンパク質維持が重要です。
誤解③ 「グレインフリーが体に良い」
豆類(エンドウ豆・レンズ豆・ひよこ豆)を主原料とするグレインフリーフードは、FDAの調査でタウリン欠乏性拡張型心筋症(DCM)との関連が報告されています。心臓病の犬には特に豆類主体のグレインフリーフードは避けることを推奨します。高価なグレインフリーフードが必ずしも心臓病の犬に適しているわけではない点は、飼い主様によく誤解されるポイントです。
ナトリウム(塩分)制限の正しい数値基準
| ステージ | ナトリウム目標値(乾物ベース) | 備考 |
|---|---|---|
| B1(無症状・心拡大なし) | 0.2%以下 | まず高塩分フードを避ける段階。特別な療法食は不要 |
| B2(心拡大あり) | 0.15〜0.30% | 積極的な塩分制限開始。市販の低ナトリウムフードが選択肢 |
| C・D(症状あり) | 0.05〜0.15% | 療法食レベルの制限。主治医と相談のうえ決定 |
「一般的なドッグフードのナトリウム量は?」:市販の一般フードは0.3〜0.8%程度のものが多く、ハイナトリウムのおやつ(ジャーキー・チーズ)は1〜3%に達するものもあります。フードの成分表でナトリウム(または食塩相当量)を必ず確認してください。食塩相当量からナトリウム換算する場合は「食塩相当量 ÷ 2.54」が目安です。
乾物ベースとは?:成分表の数値は水分を含んだ状態(現物ベース)で記載されているものと、水分を除いた乾物ベースで記載されているものがあります。ドライフードは現物≒乾物として読めますが、ウェットフードは水分が多いため乾物換算が必要です。「現物のナトリウム% ÷(1 – 水分%)」で乾物換算できます。
心臓に良い栄養素——タウリン・L-カルニチン・オメガ3
| 栄養素 | 役割 | 多く含む食材 |
|---|---|---|
| タウリン | 心筋細胞のカルシウム調節・心収縮維持 | 魚・鶏肉・牛肉・貝類 |
| L-カルニチン | 脂肪酸を心筋のエネルギーとして燃焼 | 羊肉・鹿肉・牛肉・豚ヒレ |
| EPA・DHA(オメガ3) | 心筋の炎症抑制・不整脈リスク低減 | サバ・イワシ・サーモン・魚油 |
| コエンザイムQ10 | ミトコンドリアでのエネルギー産生補助 | 牛心臓・サバ(サプリで補う場合も) |
| マグネシウム | 心筋の電気的安定 | 魚・緑黄色野菜(少量) |
これらの栄養素がフードに含まれているかどうかを確認する最もシンプルな方法は「成分表にタウリンが記載されているか」です。L-カルニチンとオメガ3は原材料(魚・鹿肉・羊肉)で担保されるケースが多いため、主原料を確認します。
NT-proBNPとは?食事管理の効果を確認するモニタリング指標
食事を変えても「本当に効果があったのか」を判断するのが難しい——心臓病の飼い主様が感じる悩みのひとつです。そこで重要なのがNT-proBNP(N末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド)という血液検査の指標です。
NT-proBNPは心臓への負荷が高まると血中に放出されるペプチドで、心臓病の進行度モニタリングに使用されます。
- 900pmol/L以下:心拡大・心臓病の可能性が低い
- 900〜1,800pmol/L:境界域。X線・超音波で精査が必要
- 1,800pmol/L以上:心臓への負荷が高い。治療・食事管理の強化を検討
適切な食事管理によりナトリウム負荷・体重超過・栄養状態が改善されると、長期的にNT-proBNP値の安定化につながるケースがあります。定期的な血液検査でNT-proBNPを測定し、食事管理の効果を主治医と一緒に評価することをお勧めします。特にB2以降の犬では、3〜6ヶ月ごとのモニタリングが推奨されます。
絶対NGな食品・「隠れ塩分」に要注意
完全禁止リスト
| 食品 | 理由 | ナトリウム目安 |
|---|---|---|
| ハム・ソーセージ | 加工時に大量の塩分使用 | 700〜1,000mg/100g |
| ちくわ・かまぼこ | 魚肉加工品は塩分が非常に高い | 800〜1,200mg/100g |
| チーズ | 種類によるが全般的に高塩分 | 300〜700mg/100g |
| 味噌汁・スープ | 人間用は犬には高塩分すぎる | 600〜900mg/100ml |
| 市販ジャーキー(犬用も注意) | 品質に差あり。成分表確認必須 | 商品による |
| パン・クッキー(一般向け) | 発酵・膨張剤に塩分含む | 200〜500mg/100g |
「低塩」と書かれていても油断禁物
人間用の「減塩」食品は、通常品比30%減程度が一般的です。犬の心臓病管理に必要な塩分制限レベルとは大きくかけ離れています。「犬用」と書いてあっても必ずナトリウム量を成分表で確認してください。
また「無添加」「自然素材」と表記されていても塩分が高い食品は多くあります。たとえば無塩乾燥エビ(干しエビ)はミネラルは豊富ですが塩分も高め。「自然素材だから安心」という思い込みに注意してください。
与えてOKな食材——心臓ケアに使いやすい食品
| 食材 | メリット | 注意点 |
|---|---|---|
| 鹿肉・馬肉 | 低脂肪・高タンパク・L-カルニチン豊富 | 生食の場合は衛生管理に注意 |
| 鶏のささみ(茹で) | 低脂肪・タウリン含有・消化しやすい | 塩なし・無味で調理 |
| 青魚(サバ・イワシ)茹で | EPA・DHA豊富・心筋保護 | 骨を除去。水煮缶でも可(塩分確認) |
| 白身魚(タラ・ヒラメ) | 低塩分・消化が良い | そのまま茹でてOK |
| ブロッコリー・ほうれん草(少量) | 抗酸化作用・マグネシウム含有 | シュウ酸注意。腎臓病併発時は制限 |
| かぼちゃ・さつまいも(少量) | カリウム・食物繊維 | 糖質が多いため肥満に注意 |
ステージ別・フード選びの実践ガイド
B1段階:市販の低ナトリウムフードで対応可能
B1は無症状で心拡大もない段階です。ACVIM 2019ガイドラインでは、B1での療法食使用は原則不要とされており、低ナトリウム(0.2%以下)・タウリン含有の市販フードに切り替えることが最初のステップです。
コストを抑えながら食事管理を始めたい方には、処方不要で購入できる心臓ケア市販フードが現実的な選択肢です。「ドッグフードの成分表を見てナトリウムとタウリンを確認する」——この習慣をB1から身につけることが、その後のステージ移行時にも役立ちます。

処方不要の心臓ケア市販フード/Dr.サク解説商品
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B2段階:療法食または市販心臓ケアフード+主治医相談
B2では心拡大が確認されており、ピモベンダンの投薬と並行して食事管理も強化します。ナトリウム0.15〜0.30%を目安に、タウリン・L-カルニチン含有フードを選びます。
B2から療法食(ロイヤルカナン 早期心臓サポート・ヒルズ h/d・ドクターズケア ハートケアなど)に切り替えるケースもありますが、動物病院での処方が必要です。市販の低ナトリウムフードで十分対応できるケースも多く、主治医の方針に従ってください。
また、B2以降は定期的なX線・心エコー・NT-proBNP測定での経過観察が重要です。フードの種類・量の適切性を6ヶ月ごとに主治医と見直すことを推奨します。
C・D段階:療法食必須・食欲維持最優先
症状が出ている段階では、動物病院処方の療法食を使用します。ただしこの段階の最大の課題は「食べてくれない」こと。食欲が落ちた場合の対応は次のセクションを参照してください。
C・D段階では「食べないことのほうが、塩分制限よりも大きなリスク」になることがあります。食欲不振が続く場合は主治医に相談し、ウェットフードへの変更・フレーバー添加・食事形態の工夫などの対策を早めに実施してください。
フードの切り替え方——急な変更は禁物
心臓病の診断を受けてすぐに「今日から新しいフードに完全切り替え」をするのは、消化器系へのダメージリスクがあります。特に食欲が低下気味の犬では、急な切り替えで完全に食べなくなるケースもあります。
推奨:10〜14日間かけた段階的移行
| 期間 | 旧フード | 新フード |
|---|---|---|
| 1〜3日目 | 75% | 25% |
| 4〜7日目 | 50% | 50% |
| 8〜10日目 | 25% | 75% |
| 11日目以降 | 0% | 100% |
移行期間中に軟便・嘔吐・食欲の急激な低下が見られた場合は移行を一時停止し、元の割合に戻してください。心臓病の犬は消化器系も敏感になっているケースがあります。
食欲低下時の5つの工夫——「食べない」を解決するアプローチ
C・D段階の犬だけでなく、B2の犬でもフードを変えた途端に食欲が落ちることがあります。心臓病の犬の食欲低下には以下の対処法が有効です。
工夫①:少量温め
ドライフードを38〜40℃のお湯でふやかすと、香りが立って食欲が刺激されます。人肌程度が目安。電子レンジで温めすぎると栄養素が壊れるうえ、やけどのリスクもあるため注意してください。
工夫②:低ナトリウムウェットフードをトッピング
ドライフードに低ナトリウムのウェットフードを少量混ぜる「ドライ×ウェット混合給餌」は食欲を高める効果があります。ただしトッピングに使うウェットフードのナトリウム量も確認してください。ビオピュアのような低ナトリウム設計のウェットフードが理想的です。
工夫③:食器・食事場所を変える
呼吸が苦しい犬は、首を下げた姿勢での食事が辛い場合があります。食器台を使って首の高さに合わせると食べやすくなります。また静かで落ち着ける場所での給餌も有効です。
工夫④:少量頻回給餌(C・D段階)
C・D段階では1日2回給餌より1日3〜4回の少量頻回が推奨されます。一度に大量に食べると横隔膜への圧迫で呼吸困難が悪化するリスクがあります。1回の量を半分にして回数を増やすだけで食べやすくなるケースがあります。
工夫⑤:消化しやすい手作りトッピング
無塩で茹でた鶏ささみ・白身魚(タラ等)・かぼちゃをフードにトッピングすると食欲改善につながることがあります。ただし手作り食に完全移行するのは栄養バランスの管理が非常に難しいため、獣医師または動物栄養士への相談なしに単独で与えることはしないでください。
体重管理と悪液質(カヘキシア)——見落とされがちな重大リスク
心臓病の犬には相反する2つの体重問題があります。
問題①:肥満は心臓への直接的な負担
肥満の犬は心臓が余分な体重を養うためにより多くの仕事をしなければなりません。理想体重の維持(BCS 4〜5/9)が心臓への負担軽減に直結します。B1・B2の段階から体重管理を意識し、過体重の場合はカロリー調整を主治医と相談しながら行います。
問題②:悪液質(カヘキシア)による筋肉消耗
進行した心臓病(C・D段階)では「悪液質(カヘキシア)」と呼ばれる体組成の変化が起きます。脂肪と筋肉の両方が失われ、体重が維持されていても筋肉量が著しく減少することがあります。
悪液質が進行すると予後が悪化します。サインは「肋骨が触りやすくなった」「背骨が浮いてきた」「後ろ足が細くなった」などです。こうした変化を感じたら、タンパク質強化・L-カルニチン添加などの対策を主治医に相談してください。タンパク質を制限する腎臓病の食事管理とは正反対の方向です。
心臓病の犬の食事に関するよくある質問
Q1. 心臓病と腎臓病を併発しています。どちらを優先すればいいですか?
A. 非常に難しいケースです。腎臓病はタンパク質制限を求めますが、心臓病は悪液質予防でタンパク質を維持します。リンとナトリウムの両方を管理しながら、タンパク質のバランスを取る必要があります。必ず主治医(可能なら内科専門医)に相談してください。自己判断での食事変更は危険です。
Q2. トッピングやおやつは完全にNG?
A. ナトリウムが低いおやつなら少量可能です。鶏ささみの茹でたもの・無塩の煮魚・無塩のボイル野菜などは心臓病の犬のトッピングとして使いやすい食材です。市販のジャーキー・チーズ・ちくわは避けてください。
Q3. 食事を変えたら薬が減りますか?
A. 食事管理は薬の代替にはなりません。ただし適切な食事管理で体重が維持でき心臓への負担が減れば、病態の進行を遅らせる効果は期待できます。薬の増減は必ず主治医の判断を仰いでください。
Q4. 1日2回の給与でいいですか?
A. C・D段階では少量頻回(1日3〜4回)が推奨されます。一度に大量に食べると横隔膜への圧迫で呼吸困難が悪化するリスクがあります。B1・B2では通常通り1日2回でOKです。
Q5. グレインフリーのフードを与えていましたが、すぐに変えたほうがいいですか?
A. 心臓病が確定しているか疑われる場合は、早めに豆類主体のグレインフリーフードから切り替えることを推奨します。ただし急な切り替えは消化器系への負担があるため、10〜14日かけて段階的に移行してください。
Q6. 水分摂取量は増やしたほうがいいですか?
A. 心臓病の犬は水分貯留(浮腫・腹水)が生じやすいため、ステージによって水分管理は異なります。利尿剤(フロセミドなど)を使用している場合は水分を十分に与える必要がありますが、C・D段階では主治医の指示に従ってください。一般論として「水をたくさん飲ませればいい」とは言えません。
Q7. 市販の「心臓ケア」表示フードは信頼できますか?
A. 「心臓ケア」という表示に日本での法的な定義はありません。重要なのは表示ではなく「ナトリウム%」「タウリン記載」「主原料」の3点を成分表で実際に確認することです。心臓ケアと書かれていてもナトリウムが高いフードは存在します。
Q8. 手作り食に切り替えたいのですが可能ですか?
A. 完全手作り食は心臓病の犬の栄養管理として非常に難しく、専門的な栄養計算が必要です。ナトリウム・タウリン・L-カルニチン・カルシウム・リンのバランスを保ちながら手作りするには、動物栄養士または内科専門医のサポートが不可欠です。「なんとなく体に良さそう」な手作り食が、かえって心臓病を悪化させるリスクがあります。
まとめ
- 心臓病の食事管理の柱はナトリウム制限・タウリン含有・タンパク質維持・体重管理の4点
- ナトリウムは「低ければ低いほど良い」ではない。B2では0.15〜0.30%、C・Dでは0.05〜0.15%(乾物ベース)が目安
- EPIC試験(2016年)とACVIM 2019ガイドラインが科学的な根拠。ステージB2からピモベンダンと食事管理を組み合わせる
- NT-proBNPを定期測定し、食事管理の効果を客観的に確認する
- タンパク質を削ると悪液質を招く。心臓病では粗タンパク18〜25%を維持
- グレインフリー(豆類主体)はタウリン欠乏性DCMリスクがあり心臓病の犬には不向き
- B1段階では市販の低ナトリウムフードで対応可能。B2以降は主治医と相談しながらフードを選ぶ
- NG食材のトップ3はハム・ちくわ・チーズ。どれも高ナトリウムで即禁止
- 食欲低下時は「少量温め・ウェット混合・少量頻回」の3つを試す
- フード切り替えは10〜14日かけて段階的に。急な変更は禁物
具体的なフードの比較は心臓病のドッグフードおすすめ9選、MVDのステージ・余命・治療詳細は犬の僧帽弁閉鎖不全症(MVD)の食事管理も合わせてご覧ください。
