最近、愛犬がこんな様子ではありませんか?
散歩に行きたがらない。すぐに座り込んでしまう。以前より寝ている時間が長くなった。そして、ふとした瞬間に愛犬の歯茎を見たら、いつもよりずっと白い──。
「歳だから仕方ない」と思っていませんか?でも、それは老化ではなく、「腎性貧血」という深刻な状態かもしれません。
私はDr.サク、臨床経験10年以上の現役獣医師です。この10年以上、私は何百頭もの腎臓病の犬たちを診てきました。そして、その多くが「貧血」という合併症に苦しんでいました。
腎臓病の犬の貧血は、単なる「血が薄い」という問題ではありません。それは、腎臓が作るべき「造血ホルモン」が不足しているという、根本的な機能障害なのです。
まず、今すぐ確認してください。愛犬の歯茎を指で触って、色を見てください。
- 健康な状態:ピンク色で、指で押すと一瞬白くなり、すぐにピンクに戻る
- 貧血の疑い:白っぽい、または薄いピンク色。指で押しても色が戻るのが遅い
もし「白い」と感じたら、すぐに動物病院へ連絡してください。貧血は、放置すると命に関わります。
この記事では、なぜ腎臓病で貧血になるのか、どんな治療があるのか、自宅でできるケアは何かを、臨床10年以上の経験を込めて詳しくお伝えします。
この記事を読めば、愛犬の「フラフラ」の原因が分かり、今日からできることが見えてきます。
※本記事をお読みになられる前に、愛犬のステージや病気の全体像を正しく理解しておくことも大切です。
⬇️ 【獣医師監修】犬の腎臓病の初期症状・ステージ別余命・最新治療の完全ガイド]
この記事の著者・監修者:Dr.サク(臨床10年以上)
現役の獣医師、都内動物病院に勤務。腎臓病を中心に、食事療法で数多くの犬の健康寿命を延ばしてきた実績を持つ。専門的な医学的知見に基づき、愛犬に本当に必要なフードを厳選しています。
なぜ腎臓病で貧血になるのか?──「工場」と「材料」の話で理解する
まず、なぜ腎臓が悪いと貧血になるのか、そのメカニズムを正確に理解しましょう。
腎臓は「赤血球を作れ!」という指令を出す「工場長」
多くの人が誤解しているのですが、赤血球を作っているのは「骨髄」です。腎臓ではありません。
では、なぜ腎臓が悪いと貧血になるのか?
それは、腎臓が「エリスロポエチン(EPO)」という造血ホルモンを分泌しているからです。このホルモンが、骨髄に対して「赤血球を作れ!」という指令を出しています。
例えるなら:
- 骨髄:赤血球を製造する「工場」
- 腎臓:「もっと作れ!」と指令を出す「工場長」
- エリスロポエチン:工場長が発する「指令書」
腎臓の機能が低下すると、この「指令書(エリスロポエチン)」が出せなくなります。すると、工場(骨髄)は「作らなくていいのかな?」と判断し、赤血球の生産を減らしてしまうのです。
これが、「腎性貧血」の根本的な原因です。
鉄分は「材料」──材料がなければ工場は動かない
さらに、赤血球を作るには「材料」が必要です。それが鉄分です。
鉄分は、赤血球の中にある「ヘモグロビン」という酸素を運ぶタンパク質の主成分です。鉄分がなければ、どんなに指令(エリスロポエチン)を出しても、赤血球は作れません。
腎臓病の犬は:
- 食欲不振で鉄分を十分に摂取できない
- 消化管からの微量出血で鉄分が失われる
という理由で、鉄分も不足しがちです。
つまり、腎性貧血を改善するには:
- 指令を補う:造血ホルモン注射
- 材料を補う:鉄分サプリメント
この両方が必要なのです。
腎性貧血の症状チェックリスト──こんなサインが出ていませんか?
貧血は、初期には気づきにくいものです。以下のような症状が出ていたら、貧血の可能性があります。
【軽度~中等度の貧血】
- 疲れやすい:散歩の途中で座り込む
- 寝ている時間が増えた:1日の大半を寝て過ごす
- 食欲が落ちた:いつものフードを残すようになった
- 歯茎が薄いピンク色:健康な時より白っぽい
【重度の貧血】
- 歯茎が真っ白:血の気が全くない
- 呼吸が速い・荒い:少し動いただけでハァハァする
- 心拍数が速い:胸に手を当てると、早く強く鼓動している
- 立てない・歩けない:フラフラして倒れる
- 舌が青白い:酸素が足りていないサイン
【緊急】歯茎が真っ白、または舌が青白い場合は、すぐに動物病院へ。
これは、重度の貧血(ヘマトクリット値15%以下)であり、命に関わります。輸血が必要になることもあります。
病院での治療:造血ホルモン注射(エリスロポエチン製剤)のリアル
ここからは、動物病院で行われる貧血治療について、獣医師の本音を含めてお伝えします。
造血ホルモン注射とは?
腎性貧血の治療で最も効果的なのが、人工的に作られたエリスロポエチン(造血ホルモン)を注射で補う方法です。
代表的な製剤:
- ダルベポエチン(ネスプ®):効果が長持ち。2~4週に1回の注射で済む。
- エポエチンアルファ(エスポー®):効果は短いが、週1~2回の注射が必要。
効果と費用の目安
効果:
- 注射開始から2~4週間で、ヘマトクリット値(赤血球の割合)が上昇し始める
- 多くの犬が、元気になり、食欲も回復する
- 「別の犬みたいに元気になった」という飼い主さんの声も多い
費用の目安:
- ダルベポエチン(ネスプ):1回5,000~15,000円(体重による)
- 初期は月2~3回、安定したら月1回程度
- 月の費用:初期は2~4万円、維持期は1~2万円程度
獣医師の本音:「打ち続けると効かなくなるリスク」がある
ここで、診察室ではなかなか言いにくい本音をお伝えします。
造血ホルモン注射は、非常に効果的ですが、長期間使用すると、体が「抗体」を作ってしまい、効かなくなることがあります。これを「抗EPO抗体」と呼びます。
この抗体ができると:
- 注射を打っても赤血球が作られなくなる
- 最悪の場合、自分の体が作るわずかなエリスロポエチンまで無効化され、さらに貧血が悪化する
発生率は約5~10%と言われていますが、一度抗体ができると治療が非常に難しくなります。
だからこそ、獣医師は:
- 本当に必要なタイミングでのみ使用する
- 定期的に血液検査をして、効果をモニターする
- 鉄分など、他のサポートも併用する
という慎重な使い方をします。
「注射を打てば治る」という魔法の薬ではないことを、理解しておいてください。
自宅でのケア:鉄分サプリと食事の注意点
造血ホルモン注射は獣医師にしかできませんが、自宅でできるケアもあります。それが、鉄分の補給です。
なぜ鉄分が重要なのか?
先ほどお伝えした通り、鉄分は赤血球を作る「材料」です。造血ホルモン注射を打っても、鉄分がなければ赤血球は作れません。
実際、造血ホルモン治療を受けている犬の多くが、鉄欠乏性貧血を併発しています。
推奨する鉄分サプリ:ペットチニック
ペットチニック(Pettinic)は、犬猫用の鉄分・ビタミンB群を含む液体サプリメントです。
特徴:
- 鉄分、ビタミンB12、葉酸を含む
- 液体なので、フードに混ぜやすい
- 嗜好性が良く、多くの犬が喜んで舐める
使い方:
- 小型犬:1日小さじ1杯(5ml)
- 中型犬:1日小さじ2杯(10ml)
- 大型犬:1日大さじ1杯(15ml)
注意:
- 与えすぎると下痢をすることがあるため、用量を守る
- 獣医師に相談してから使用することを推奨
【Dr.サクの処方メモ】
フラつきや白い歯茎は「酸素不足」のサインです。放っておくと心臓に負担がかかります。
このペットチニックは**「シロップタイプ」**で甘みがあり、フードに掛けるだけで嫌がらずに飲んでくれる子がほとんどです。
貧血が進んで食べられなくなる前に、まずは1本、毎日の食事にプラスしてあげてください。
食事からの鉄分補給:レバーの落とし穴
「貧血にはレバーが良い」という情報を見たことがあるかもしれません。確かに、レバーは鉄分が豊富です。
しかし、腎臓病の犬にはレバーは危険です。
理由:
- レバーは超高リン食材(100gあたりリン約350mg)
- リンは腎臓を線維化させ、病気を悪化させる最大の敵
- 鉄分を摂るためにレバーを与えて、腎臓を壊しては本末転倒
推奨する鉄分源:
- 赤身の肉(牛肉、鹿肉):少量ならリンも控えめ
- 卵黄(ただし、白身は避ける)
- ほうれん草(茹でてシュウ酸を抜く)
ただし、これらも腎臓病用の療法食をベースにし、トッピング程度(全体の10%以内)に留めてください。
末期症状と向き合う心構え──「最期まで苦しませない」という選択
ここからは、非常に辛い話になりますが、避けて通れないテーマです。
貧血が進んだ末期のサイン
腎臓病が末期(ステージ4)に進行すると、貧血も重症化します。造血ホルモン注射も効かなくなり、輸血をしても一時的にしか改善しません。
末期のサイン:
- 歯茎が真っ白
- 呼吸が非常に速く、苦しそう
- ほとんど動かない
- 食べない、飲まない
- 意識が朦朧としている
この段階では、残念ながら「治療」ではなく「緩和ケア」が中心になります。
輸血の限界と、選択の時
重度の貧血に対しては、輸血という選択肢もあります。しかし、輸血は:
- 効果が一時的(数日~2週間程度)
- 費用が高額(5~15万円程度)
- リスクもある(アレルギー反応、感染症)
そして何より、腎臓病自体が治るわけではないため、輸血をしても数週間後にまた貧血が悪化します。
「輸血を繰り返して、少しでも長く生きてほしい」と願う気持ちは、痛いほど分かります。でも、私は獣医師として、こう考えています。
「延命」よりも「QOL(生活の質)」を優先すべき段階がある。
苦しい治療を繰り返すよりも、穏やかに、愛する家族に囲まれて過ごす時間の方が、愛犬にとって幸せかもしれません。
noteで詳しく話している「最期の過ごし方」
この話は、ブログでは書ききれません。だからこそ、私のnoteで詳しく書いています。
👉 Dr.サクのnote:第4章「末期のケアと、後悔しない最期の過ごし方」
このnoteでは、
- 輸血をするかしないか、どう判断すべきか
- 在宅での緩和ケアの具体的方法
- 「安楽死」という選択について、獣医師の本音
- 私が担当した子たちの「最期の日」のエピソード
を、診察室では言いにくい本音も含めて、全て書いています。
愛犬の最期を後悔なく見送りたい方は、ぜひ読んでください。
私の診察室での実話:造血ホルモン注射で「別犬」のように元気になった柴犬の話
ここで、私が担当した柴犬のハチくん(仮名)のお話をさせてください。
ハチくんは14歳で腎臓病(ステージ3)と診断され、数ヶ月後には貧血が進行しました。ヘマトクリット値は20%(正常は37~55%)まで低下し、歩くのもやっとという状態でした。
飼い主さんは「もう長くないですよね…」と涙を流していました。
私は提案しました。「造血ホルモン注射を試してみませんか?効果が出るまで2週間かかりますが、可能性はあります」
飼い主さんは同意し、ダルベポエチン(ネスプ)の注射を開始しました。同時に、ペットチニックで鉄分も補給しました。
3週間後、ハチくんは見違えるように元気になりました。ヘマトクリット値は32%まで回復。散歩にも行けるようになり、食欲も戻りました。
飼い主さんは「別の犬になったみたいです。諦めなくて良かった」と笑顔で言いました。
その後、ハチくんは1年半、穏やかに過ごし、最期は家族に囲まれて旅立ちました。
治療には限界がありますが、可能性もあります。諦めずに、獣医師と相談してください。
まとめ:貧血は「老化」ではなく「治療できる症状」です
ここまで長い文章をお読みいただき、本当にありがとうございます。
最後に、獣医師として、そして一人の犬好きとして、あなたにお伝えしたいことがあります。
「フラフラしている」「歯茎が白い」は、老化ではなく、治療できる症状です。
貧血は、放置すれば命に関わります。でも、適切な治療(造血ホルモン注射、鉄分補給)によって、多くの犬が元気を取り戻しています。
今日、まず一つだけ実践してください。愛犬の歯茎の色を確認してください。そして、もし「白い」と感じたら、すぐに動物病院へ連絡してください。
早期発見、早期治療が、愛犬の命を救います。
【あわせて読みたい】
👉 【獣医師が選ぶ】犬の腎臓病に本当に良い食事ランキング
貧血の原因の一つ「食欲不振」を改善する、食いつき抜群の療法食を徹底比較。
👉 Dr.サクのnote:第4章「末期のケアと、後悔しない最期の過ごし方」
貧血が進んだ末期のケア、輸血の判断、安楽死についての本音を全て公開。
📚 参考文献・出典(獣医師監修)
本記事は、以下の国際的な腎臓病ガイドラインおよび研究論文に基づき執筆されています。
-
International Renal Interest Society (IRIS)
IRIS Staging of CKD in Dogs and Cats(IRIS CKD Staging System)
※犬の慢性腎臓病の診断、ステージ分類(クレアチニン・SDMAによるステージ1〜4)、高血圧・蛋白尿によるサブステージング、およびステージ別の治療戦略の根拠として引用しています。[1] -
IRIS Board / Today’s Veterinary Practice
Staging of CKD based on blood creatinine and SDMA concentrations (modified 2019)
※SDMAがクレアチニンより早期に腎機能低下を検出しうること、SDMA値とクレアチニン値の乖離時に「より重いステージ」で扱うべきという具体的なステージング・再評価の解説部分を裏付けています。[2] -
IRIS
IRIS Staging of CKD in Dogs and Cats – 2023 update
※2023年改訂における犬のCKDステージ別クレアチニン・SDMAカットオフ(例:SDMA >18 μg/dL でステージ2として扱うなど)に関する最新の基準を参照し、「SDMAが高いと言われた時の再検査・経過観察」の推奨に反映しています。[3] -
Pedrinelli V. et al.
Nutritional and laboratory parameters affect the survival of dogs with chronic kidney disease
※腎臓病用療法食(リン・タンパク制限など)を摂取した犬では、維持食と比べて尿毒症クライシス発症までの期間および生存期間が延長した、というエビデンスとして「腎臓病の犬の療法食・栄養管理が予後を改善しうる」という記述を裏付けています。[4] -
ACVN / Today’s Veterinary Practice
Nutritional Management of Chronic Kidney Disease
※CKDにおけるリン・タンパク質・オメガ3脂肪酸など「腎臓病の犬の手作りご飯とリン制限」に関連する栄養学的要点、およびタンパク制限食が糸球体構造障害や生存期間に与える影響についての説明部分の根拠としています。[5] -
American College of Veterinary Internal Medicine (ACVIM)
ACVIM consensus statement: Guidelines for the identification, evaluation, and management of systemic hypertension in dogs and cats (2018)
※CKDに合併する高血圧の診断基準、血圧測定方法、リスク分類、降圧薬開始のタイミングなど、「腎臓病と高血圧管理」「ステージ4の余命と緩和ケア」における血圧コントロールに関する記述を支える根拠としています。[6] -
Lees G. et al. / ACVIM
2004 ACVIM Forum Consensus Statement: Assessment and Management of Proteinuria in Dogs and Cats
※持続性蛋白尿がCKD犬の予後不良因子であること、UPC値に基づくACE阻害薬などの治療開始基準など、「蛋白尿の評価と治療」「尿検査の重要性」を解説する部分の科学的根拠としています。[7] -
日本獣医腎泌尿器学会誌
Hypertension and proteinuria in dogs and cats with chronic kidney disease
※日本語圏の臨床現場に即したCKD犬の高血圧・蛋白尿管理に関する知見として、降圧療法が蛋白尿を軽減しうることや、その限界に関する解説を補強する目的で引用しています。[8]



