なぜ飼い主様はボーロを「安全」だと思ってしまうのか
「ボーロなら小さいし、赤ちゃん用だし、大丈夫じゃないかな」
膵炎と診断された犬の飼い主様から、こういうご相談をよく受けます。気持ちはよく分かります。ボーロは見た目が小さく、丸くて白くて、どこか「やさしい食べ物」の顔をしています。赤ちゃん用のボーロは離乳食の延長として語られることが多く、刺激の少ない素材で作られたものだと連想するのは自然なことです。
しかしこの認識は、膵炎の犬に限っては危険な落とし穴になります。
問題は「大きさ」でも「素材のやさしさ」でもありません。脂質の含有量と、それが膵臓にかける生理的な負荷です。
この記事では、ボーロが膵臓に何をするのかを仕組みから解説し、与えてよい条件・成分表示の読み方・ステージ別の可否判断、そして「本当に安全なボーロ」の自家製レシピまでをまとめます。治療中の方も、寛解後の管理中の方も、ぜひ最後まで読んでいただけると幸いです。
獣医師 本記事は小動物臨床に従事する獣医師の監修のもと作成しています。個別の診断・治療方針については、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
膵炎の犬がボーロを食べると膵臓で何が起きるか
まず仕組みを整理します。ここを理解すると、「1粒くらいなら」という判断が消えていきます。
膵臓は消化酵素の工場です。とくに脂質を分解する酵素「リパーゼ」は、食事に脂質が含まれるたびに産生・分泌されます。健康な犬では、リパーゼは十二指腸に放出されてから活性化され、脂質を安全に分解します。
ところが膵炎を起こすと、この活性化のタイミングが乱れます。膵臓の中でリパーゼが暴走し、膵臓自身を消化しはじめます。 これが膵炎の炎症の正体です。
そして脂質を摂取するたびに、このサイクルが再起動されます。回復中であれ、寛解中であれ、脂質が入ってくれば膵臓は反応します。
ボーロ1粒でどれだけの脂質が入るか
一般的な犬用ボーロ(1粒約3g・粗脂肪20%)の場合:
- 脂質量:約0.6g
- カロリー:約14〜16kcal
- 体重3kgの犬の1日必要カロリー:約200kcal
数字だけ見ると小さく感じます。しかし体重3kgの犬に脂質0.6gを与えることは、体重60kgの人間が脂質12gを一口で摂るのと同じ体重比です。揚げ物をひと口食べたときと同程度の膵臓への刺激が、たった1粒のボーロで発生しうる——これが現実です。
ボーロの種類と「隠れ脂質」——パッケージを信じてはいけない理由
ボーロの脂質含有量は製品によって大きく異なります。しかし共通する落とし穴があります。それは、見た目のシンプルさと成分の複雑さが一致しないことです。
タイプ別・粗脂肪の目安
| ボーロのタイプ | 主な脂質源 | 粗脂肪の目安 |
|---|---|---|
| 卵・バター系(一般的な犬用) | バター・卵黄・植物油脂 | 15〜25% |
| ミルク風味系 | 全粉乳・クリーム・バター | 12〜20% |
| 赤ちゃん用ボーロ(人間用) | 卵黄・全粉乳 | 8〜14% |
| でんぷん主体のシンプル系 | 卵黄少量 | 3〜8% |
| 白身魚・野菜主体(低脂質設計) | ほぼなし | 1〜4% |
「無添加」「自然素材」の表記は脂質の多少と無関係
多くのボーロは「無添加」「自然素材」「やさしい」といった言葉をパッケージ前面に掲げています。これらは保存料・着色料の話であり、脂質の量とは無関係です。
確認するのはパッケージ裏面の保証成分欄、ここだけです。
数値で確認すること: 「粗脂肪(脂質)」のパーセンテージ
原材料欄の上位3〜5番目にこれがないか確認すること
- 油脂・植物油脂・動物性油脂
- バター・マーガリン・ショートニング
- 卵黄(全卵より脂質が高い)
- 乳成分(クリーム・全粉乳)
なお「砂糖」が原材料の先頭付近にある製品は糖質も過剰です。膵炎犬が糖尿病を併発しているケース(これは珍しくありません)では、血糖コントロールにも直接影響します。
膵炎の犬に与えるボーロの脂質ライン
| 粗脂肪 | 判断 |
|---|---|
| 10%以上 | 与えない |
| 5〜10% | 回復後でも獣医師に確認してから |
| 5%未満 | 全条件を満たした場合に1粒から慎重に検討 |
膵炎のステージ別:ボーロの可否と理由
「今うちの子はどの段階か」を確認しながら読んでください。
急性発症直後・入院中(絶食〜流動食期)
ボーロは与えません。 膵臓を完全に休ませることが最優先の時期です。食事そのものが最小限に制限されています。「1粒だけ」も例外ではありません。
治療中・投薬継続中
ボーロは与えません。 低脂質療法食に切り替わっているこの時期に、食事以外のものを加えると膵臓への負担が積み重なります。「元気そうに見えるから」は、与えてよい理由にはなりません。
回復直後(投薬終了後〜2〜4週間)
ボーロは与えません。 検査数値が安定しはじめても、膵臓組織の回復には時間がかかります。新しい食品を試すのはここではなく、次のステージです。
回復後・安定期(全条件クリア後)
以下のすべてが揃った場合のみ、低脂質ボーロ1粒から検討できます。
- 担当獣医師から「療法食以外の少量の食品追加OK」と明言されている
- 投薬が完全に終了している
- 低脂質療法食を毎日問題なく食べており、食後の体調変化がない
- 嘔吐・軟便・食欲低下が3〜4週間以上出ていない
- 体重が安定している
- 次回の血液検査が2〜4週間以内に予定されている
一つでも当てはまらない状態では、与えません。
帝塚山ハウンドカムのボーロについて
帝塚山ハウンドカムのボーロは、一般的な犬用おやつと比較して素材がシンプルで脂質が低めに設計されていることで知られており、膵炎の犬を飼っている飼い主様が候補として調べることの多い商品です。
ここで前提として確認しておくべきことが2つあります。
療法食ではありません。 獣医師が膵炎管理のために処方する製品ではありません。「低脂質だから療法食と同等」という判断は誤りです。
与えられるかは「その犬の状態」次第です。 体重・過去の膵炎の重症度・現在の療法食の脂質含有量・内分泌疾患の有無(糖尿病・クッシング症候群など)によって、同じ商品でも与えてよいかどうかが変わります。商品名と成分表示を印刷またはスマートフォンで見せて、かかりつけ医に直接確認してください。
獣医師への確認で「何を聞けばいいか」——そのまま使える質問例
「ボーロを与えてもいいですか?」だけでは、獣医師も判断しにくいことがあります。以下の形で伝えると、具体的な回答を得やすくなります。
「今食べている療法食の脂質は○%で、与えたいボーロの脂質は○%です。1日1粒程度を週2〜3回与えることは可能ですか?」
準備しておくと良い情報:
- 現在の療法食の商品名と成分表示
- 与えたいボーロの商品名と成分表示(パッケージ裏の写真でも可)
- 最後の血液検査の結果
- 現在の体重と1か月前の体重
赤ちゃん用ボーロは膵炎の犬に与えていい?
「人間の赤ちゃん用なら添加物が少なくて安全では?」というご質問を飼い主様からよく受けます。
答えは「膵炎の犬には推奨しません」です。理由は3つあります。
脂質は「低くない」 赤ちゃん用ボーロの主成分は小麦粉・砂糖・全粉乳・卵黄であることが多く、脂質は8〜14%前後になります。犬の体重比で考えると、決して少量ではありません。
糖質が過剰 砂糖が多く含まれており、膵炎の合併症として発症しやすい糖尿病を抱える犬では血糖管理に影響します。
犬向けに設計されていない 1粒あたりの大きさ・成分バランスが犬の消化に最適化されていません。
どうしても与えたい場合は、成分表示と与えたい量を獣医師に見せて判断を仰いでください。
膵炎の犬のための自家製低脂質ボーロの作り方
市販のボーロに代わる、膵炎の犬でも検討できる自家製レシピを紹介します。
⚠️ これは回復後かつ獣医師の許可を得た犬向けのレシピです。治療中・投薬中の犬には与えないでください。
レシピ①:白身魚の低脂質ボーロ(脂質1〜2%目安)
材料(約50粒分)
| 材料 | 分量 |
|---|---|
| 片栗粉(またはコーンスターチ) | 大さじ3 |
| タラ(白身・低脂質魚)茹でたもの | 30g(無塩・皮なし・骨なし) |
| 水 | 大さじ1〜1.5(生地の硬さを見ながら調整) |
作り方
- タラを沸騰したお湯で茹で、十分に冷ます(塩は使わない)
- 茹でたタラをフォークで細かく潰し、ペースト状にする
- 片栗粉とタラのペーストを混ぜ、水を少量加えながらまとめる(耳たぶ程度の硬さが目安)
- 直径1cm以下の球状に丸める
- 160℃のオーブンで15〜20分焼く(外がカリッとするまで)
- 完全に冷ましてから与える
保存: 冷蔵庫で3日以内、または冷凍で2週間以内
ポイント: 油・バター・卵黄を一切使わないため脂質が極めて低く抑えられます。片栗粉は消化されやすく、膵臓への負担が少ないのも利点です。タラの代わりに鶏のむね肉(皮なし・茹でたもの)も使用できます。甘みを加えたい場合はすり下ろしにんじんを少量混ぜても構いません。
レシピ②:野菜の素焼きボーロ(脂質ほぼゼロ)
材料
| 材料 | 分量 |
|---|---|
| さつまいも(皮なし) | 50g |
| 片栗粉 | 大さじ2 |
作り方
- さつまいもを茹でてつぶす(砂糖・油なし)
- 片栗粉を混ぜてまとめる
- 小さく丸めて150℃のオーブンで20分焼く
さつまいもの糖質がやや高いため、1日1〜2粒までを目安にしてください。
膵炎の犬に安全なおやつ:ボーロ以外の選択肢
| おやつ | 脂質 | 推奨度 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 療法食のドライフードを少量取り分け | 処方食に準ずる | ◎ 最推奨 | 与えすぎに注意 |
| きゅうり(生) | ほぼゼロ | ○ 推奨 | 水分が多め |
| にんじん(生・茹で) | ほぼゼロ | ○ 推奨 | 与えすぎると消化不良も |
| 白身魚の茹でたもの(無塩) | 1〜3% | ○ 推奨 | 骨・皮を除く |
| 鶏むね肉の茹でたもの(皮なし・無塩) | 1〜3% | ○ 推奨 | 皮・調味料は絶対NG |
| 自家製低脂質ボーロ(上記レシピ) | 1〜2% | △ 条件付き推奨 | 回復後・獣医師許可後のみ |
| 市販の一般犬用ボーロ | 15〜25% | ✕ NG | 脂質過剰 |
| 赤ちゃん用ボーロ(人間用) | 8〜14% | ✕ 非推奨 | 糖質・脂質の問題あり |
よくある質問
- Q膵炎が「完治した」と言われました。ボーロを与えてもいいですか?
- A
膵炎は「完治」より「寛解(落ち着いている状態)」という言葉が正確です。一度膵炎を起こした犬は再発リスクが残るため、慎重な管理が続きます。担当獣医師から「療法食以外の食品追加OK」と明確に言われている場合に限り、粗脂肪5%以下のボーロを1粒から試すことを検討できます。毎日の習慣にはしないでください。
- Q治療中ですが、しつけのごほうびにボーロがないと困ります。
- A
治療中はボーロを使わず、現在食べている低脂質療法食のドライフードを5粒程度取り分けてごほうびに使ってください。声での褒め言葉や体を撫でるごほうびを主体にすると、食べ物ごほうびを最小限に抑えながら練習を続けられます。食べ物でなくても、喜び方次第で愛犬は十分に「ごほうびをもらった」と感じます。
Q
- Q1粒与えたら嘔吐しました。どうすればいいですか?
- A
その日から療法食のみに戻してください。翌日以降も嘔吐が続く・元気がない・食欲不振が続く場合はすみやかに受診してください。その商品は今後与えません。
- Qミニチュア・シュナウザーですが、膵炎はまだありません。ボーロはあげていいですか?
- A
ミニチュア・シュナウザーは遺伝的に高脂血症・膵炎を起こしやすい犬種です。健康な状態でも脂質の高いおやつは避けることを推奨します。ボーロを与える場合は粗脂肪5%以下のものを少量にとどめ、年1回以上の血液検査(脂質・膵臓の数値確認)を継続してください。
- Qおやつをあげないと犬がかわいそうです。どうすればいいですか?
- A
愛犬が「おやつ」に求めているのは、食べ物そのものよりも「もらえる瞬間の飼い主様との交流」です。療法食の粒・きゅうりの薄切り・ひと口の茹でた白身魚、そして大げさな声での褒め言葉・体を撫でる時間でも、愛犬の「おやつをもらった嬉しさ」は十分に満たせます。おやつの脂質を減らすことと、愛犬の幸福度を保つことは両立できます。
まとめ
| 状況 | ボーロの判断 |
|---|---|
| 急性期・入院中 | 絶対NG |
| 治療中・投薬中 | NG |
| 回復直後 | NG |
| 回復後・全条件クリア・獣医師許可あり | 粗脂肪5%以下のものを1粒から慎重に |
| 膵炎既往あり・日常管理中 | 基本NG。低脂質なら要獣医相談 |
| 膵炎リスク犬種(未発症) | 低脂質のものを少量。定期検査を継続 |
「ボーロを与える方法を探す」より「与えない状態を維持して再発を防ぐ」ことが、愛犬の寿命と生活の質を守ることにつながります。
どうしてもおやつを与えたいお気持ちは自然です。その気持ちは、自家製の低脂質ボーロ・療法食の粒・低脂質の野菜で十分に表現できます。迷ったときは「その日はやめる」が、最も安全な答えです。
本記事は獣医師の知見に基づく一般的な情報提供を目的としており、個別の診断・治療方針についてはかかりつけ獣医師にご相談ください。

