針を持つ手が、震えていませんか?
動物病院で「明日から家で点滴をお願いします」と言われ、輸液セットを渡された瞬間――頭の中が真っ白になりませんでしたか?
「私が…愛犬に…針を刺すの?」
「痛がったらどうしよう」
「失敗して血が出たら…」
その手の震えは、当然です。私は臨床経験10年の獣医師ですが、診察室で飼い主さんにこの説明をするたび、同じ表情を見てきました。涙ぐむ方、固まってしまう方、「無理です」と首を振る方もいらっしゃいました。
でも、お伝えしたいことがあります。
あなたがやる点滴は、愛犬の命を繋ぐ最高のプレゼントです。
私の患者さんの中に、最初は「針を見るだけで吐き気がする」と言っていた飼い主さんがいました。でも1ヶ月後、その方は片手で愛犬を抱きながら、もう片方の手でスムーズに点滴をこなしていました。「先生、慣れたら愛犬も私もリラックスできるようになりました」と笑顔で話してくれたんです。
あなたも、必ずできます。
この記事では、臨床現場で私が実際に指導している「痛くない刺し方のコツ」「失敗した時の対処法」「愛犬が嫌がらない工夫」を、すべて包み隠さずお伝えします。最後まで読めば、明日からのあなたは、愛犬にとって頼れる「ホームドクター」になれるはずです。
※本記事を読まれる前に、愛犬のステージや病気の全体像を正しく理解しておくことも大切です。
⬇️ 【獣医師監修】犬の腎臓病の初期症状・ステージ別余命・最新治療の完全ガイド]
この記事の著者・監修者:Dr.サク(臨床10年)
現役の獣医師、都内動物病院に勤務。腎臓病を中心に、食事療法で数多くの犬の健康寿命を延ばしてきた実績を持つ。専門的な医学的知見に基づき、愛犬に本当に必要なフードを厳選しています。
なぜ病院ではなく「自宅点滴」が推奨されるのか
獣医師が自宅での点滴を勧めるのには、明確な医学的理由があります。
通院ストレスが愛犬の寿命を縮める
腎臓病や慢性疾患を抱えた犬にとって、動物病院への移動は想像以上の負担です。車での移動、待合室での緊張、診察台での拘束――これらすべてが血圧を上げ、心拍数を増加させます。
実際、通院による興奮で腎臓の数値(BUN・クレアチニン)が一時的に悪化するケースは珍しくありません。特に高齢犬や体力の落ちた犬にとって、週2〜3回の通院は体への負荷が大きすぎるのです。
自宅だからこそ得られる3つのメリット
①リラックス効果
慣れた環境、信頼する家族の匂い、いつものベッド――これらが犬の副交感神経を優位にし、体が点滴を受け入れやすくなります。
②こまめな水分補給が可能
腎臓病の治療で最も大切なのは「老廃物の排出」です。毎日または隔日で点滴することで、血中の尿毒素を継続的に薄め、腎臓への負担を軽減できます。週1回の病院点滴より、週3回の自宅点滴の方が圧倒的に効果的なのです。
③費用面での大きな差
病院での点滴は1回あたり2,000〜4,000円程度。週3回なら月24,000〜48,000円です。一方、自宅点滴の場合、輸液1袋(500ml)が500〜800円、針などの消耗品を含めても1回あたり600〜1,000円程度。月のコストは7,000〜12,000円と、約3分の1に抑えられます。
ある飼い主さんは「病院代が抑えられた分、質の良いフードに回せるようになった」と話してくださいました。経済的な持続可能性も、長期治療では重要な要素なのです。
【獣医師が教える】痛くない・失敗しない自宅点滴の5ステップ
ここからが本題です。私が診察室で実演している手順を、できる限り詳しく解説します。
ステップ①:準備――輸液を「人肌」に温める【超重要】
これが痛みを減らす最大のコツです。
冷たい輸液をそのまま注入すると、皮下組織が急激に冷やされて痛みを感じます。人間でも冷たい点滴は不快ですよね。犬も同じです。
温め方
- お湯(40〜45度)を洗面器に張り、輸液バッグを5〜10分浸ける
- 触って「ぬるい」と感じる程度(37〜40度)がベスト
- 電子レンジは絶対NG(温度ムラができ、成分が変性する恐れあり)
私の病院では、点滴前に必ず看護師が輸液を温めます。それだけで犬の反応が全然違うんです。
その他の準備物
- 輸液バッグ(獣医師から処方されたもの)
- 輸液ライン(チューブ)
- 皮下注射針(18〜21G、獣医師の指示に従う)
- アルコール綿(なければ清潔な濡れタオル)
- ご褒美のおやつ
- タオル(万が一漏れた時用)
ステップ②:保定――犬が「ここなら安心」と思える場所選び
無理やり押さえつけると、犬は「点滴=嫌なこと」と学習してしまいます。
おすすめの体勢:
- 飼い主さんの膝の上で横向きに寝かせる
- ソファーやベッドで一緒にくつろぎながら
- 小型犬なら抱っこしたまま
ポイント
- 逃げ道をなくさない(追い詰めない)
- 優しく声をかけ続ける
- 犬が緊張しているなら、数分撫でてリラックスさせてから
ある飼い主さんは「テレビを見ながら、いつものリラックスタイムに点滴を組み込んだら、愛犬も構えなくなった」と話していました。日常の一部にしてしまうのが理想です。
ステップ③:穿刺(刺す)――「テント」を作るのが成功の鍵
最大の恐怖、針を刺す瞬間。でも、正しい手順なら痛みは最小限です。
刺す場所
首の後ろ〜肩甲骨の間の皮膚がベスト。ここは皮膚がたるんでいて、神経も少ない部位です。
手順
- 皮膚をつまみ上げる: 親指と人差し指で皮膚をつまみ、しっかり持ち上げて「テント状」にする。ここがポイント――中途半端だと針が筋肉まで達してしまいます。
- テントの「平地」を狙う: テントの頂上ではなく、少し下の「三角形の斜面」に刺す。ここが一番スペースがあり、失敗しにくい。
- 針の角度: 皮膚に対して30〜45度の角度で、スッと一気に刺す。ためらうと痛みが増します。
- 確認: 針が皮下に入ったら、軽く引いて血液が逆流しないか確認(血管に入っていないかチェック)。
私の患者さんの失敗談
「最初、恐る恐る刺したら、針が皮膚の表面だけに刺さって輸液が漏れました。先生に『思い切りが大事』と言われ、次は成功しました」
勇気を出して、一気に。これが痛みを減らすコツです。
ステップ④:注入中――犬を「飽きさせない」工夫
針が入れば、あとは輸液が流れるのを待つだけ。でも、ここで犬が動くと針が抜けてしまいます。
流れる速度の目安
- 100mlなら5〜10分
- 200mlなら10〜15分
- 点滴の速度はクリップで調整(獣医師の指示に従う)
犬を飽きさせないコツ
- 点滴中だけ食べられる「特別なおやつ」を用意
- ペースト状のおやつを舐めさせ続ける
- 飼い主さんが優しく撫で続ける、話しかける
実は、犬は飼い主の緊張を敏感に察知します。あなたが不安な表情をしていると、犬も不安になるんです。深呼吸して、笑顔で「いい子だね」と声をかけ続けてください。
私がよくお勧めするのは、香りが強くて犬が夢中になれるおやつ。点滴中に「これがもらえる!」と学習すると、次からは喜んで協力してくれるようになります。
ステップ⑤:抜針――「20秒の圧迫」で漏れを防ぐ
輸液が全量入ったら、針を抜きます。
手順
- 針をスッと引き抜く
- すぐに刺入部を20秒間押さえる
- 輸液が漏れないか、皮膚の状態を確認
この「20秒の圧迫」を忘れると、穴から輸液が漏れて毛が濡れてしまいます。必ず行ってください。
パニックにならないための「トラブル解決Q&A」
Q1. 点滴が漏れて、毛がびしょびしょになった!
原因
- 針が浅かった(皮膚の表面だけに刺さっていた)
- 抜針後の圧迫が不十分だった
対処法
漏れてしまった分は仕方ありません。タオルで拭き取り、次回はもう少し深く、しっかり「テント」を作って刺しましょう。少量の漏れなら大きな問題はありません。不安なら獣医師に相談を。
Q2. 刺したところに大きな「コブ」ができた!
これは正常です。皮下に入った輸液が一時的に溜まっているだけ。
吸収される時間
- 小型犬:数時間〜半日
- 大型犬:半日〜1日
重力で下に移動し(お腹や足の方へ)、徐々に吸収されます。熱を持っていたり、痛がる様子があれば感染の可能性もあるので、すぐ病院へ。
Q3. 出血してしまった!
少量の出血は珍しくありません。
対処法
- 清潔なガーゼやティッシュで2〜3分圧迫
- 止まらなければ5分圧迫
- それでも止まらない、または大量に出血する場合は病院へ連絡
血管に針が触れた可能性がありますが、多くは自然に止まります。慌てず対応してください。
Q4. 途中で暴れて針が抜けた!
判断基準
- 半分以上(50ml以上)入っていたら、無理に再開せず終了してOK
- ほとんど入っていなければ、犬を落ち着かせてから再開を検討
- 不安なら獣医師に電話で相談
無理やり押さえつけて続けると、次回から点滴を嫌がるようになります。「今日は頑張ったね」と褒めて、次回のために良い記憶を残すことも大切です。
愛犬を「点滴好き」にする魔法の工夫
点滴を「嫌な時間」から「楽しみな時間」に変える工夫をご紹介します。
①点滴中だけの「特別なご褒美」
おすすめ
- ペースト状のおやつ(チューブから少しずつ出せるもの)
- 茹でたささみを細かく裂いたもの
- 香りの強いウェットフード
ここでひとつ、私がよく飼い主さんにお勧めしているのが「Yum Yum Yum!(ヤムヤムヤム)」のようなフードです。香りが強く、犬が夢中になって食べてくれるので、点滴中の気晴らしに最適です。(※腎臓病用の療法食を食べている場合は、獣医師に確認してから)
「点滴=美味しいものが食べられる時間」と学習すれば、犬から近寄ってくるようになります。
▼点滴を頑張ったご褒美には、腎臓に負担をかけない『Yum Yum Yum!』が最適です!
②飼い主さんの「深呼吸」の儀式
犬は飼い主の緊張を読み取ります。
点滴前に、こんなルーティンを作ってみてください
- 深呼吸を3回
- 笑顔で「点滴の時間だよー」と明るく声かけ
- 優しく撫でながらセットアップ
あなたが落ち着いていれば、犬も安心します。
③終わった後の「全力の褒め」
点滴が終わったら
- 「えらかったね!」「すごいね!」と大げさに褒める
- 抱きしめる、撫でる
- おやつを追加であげる
この「褒めタイム」が、次回への良い記憶として残ります。
自宅点滴の「費用」と「病院との連携」
費用について
自宅点滴の費用内訳(1回あたり)
- 輸液バッグ(500ml): 500〜800円
- 針・シリンジ等: 100〜200円
- 合計: 約600〜1,000円
病院での点滴(1回あたり)
- 再診料+点滴処置: 2,000〜4,000円
週3回のペースなら、月に約15,000〜30,000円の節約になります。
針の廃棄方法
使用済みの針は医療廃棄物です。
- 硬いペットボトルに入れて蓋を閉め、病院に持参
- 自治体によっては専用の回収ボックスがある場合も
- 絶対に燃えるゴミには出さない(清掃員の方が怪我をする恐れ)
保管場所の注意
- 直射日光を避ける
- 常温保存(冷蔵庫に入れる必要はなし)
- 開封したバッグは24時間以内に使用
- 期限切れの輸液は使わない
病院との連携
自宅点滴を始めても、定期的な通院は必須です:
- 月1回の血液検査で数値をチェック
- 体重・食欲・尿量などの変化を報告
- 輸液の種類や量の調整
「自宅点滴でこんな変化がありました」と具体的に伝えることで、獣医師も適切な治療計画を立てられます。
【お知らせ】もう、愛犬の「数値」に怯える毎日を終わりにしませんか?
腎臓病ケアで最も大切なのは、病院では教えてくれない「自宅での具体的なアクション」です。
ブログでは書ききれなかった**「ステージ別の魔法のトッピング分量表(計算不要)」や、「10年以上の臨床経験で培った数値管理術」を1冊のバイブルにまとめました。
私が診察室で30分かけてお話ししている内容のすべてを凝縮しています。
まとめ――あなたは今日、愛犬のために勇気を出しました
ここまで読んでくださった、あなた。
今、手の震えは少し治まりましたか?
あなたが今日学んだ「その一突き」が、愛犬との明日を作ります。
私は診察室で、何百人もの飼い主さんが涙をこらえながら針を握る姿を見てきました。そして同じ飼い主さんが、数週間後には笑顔で「先生、もう慣れました」と報告してくれる姿も見てきました。
最初は失敗してもいいんです。輸液が少し漏れても、犬が少し動いても、それは「学びの過程」です。
大切なのは、諦めないこと。愛犬のために、もう一度挑戦すること。
愛犬は、あなたが自分のために頑張っていることを、ちゃんと分かっています。
針を刺す時、きっと少し痛いでしょう。でもその後に来る「飼い主さんの温かい手」「優しい声」「美味しいご褒美」――それらすべてが、愛犬にとって「愛されている証」なんです。
点滴が終わった後、愛犬をぎゅっと抱きしめてください。そして自分自身も褒めてあげてください。
「今日も、愛犬の命を繋いだ」と。
あなたは今日から、愛犬にとって最高のホームドクターです。その勇気を、心から誇りに思ってください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の症状や治療方針については、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
📚 参考文献・出典(獣医師監修)
本記事は、以下の国際的な腎臓病ガイドラインおよび研究論文に基づき執筆されています。
-
International Renal Interest Society (IRIS)
IRIS Staging of CKD in Dogs and Cats(IRIS CKD Staging System)
※犬の慢性腎臓病の診断、ステージ分類(クレアチニン・SDMAによるステージ1〜4)、高血圧・蛋白尿によるサブステージング、およびステージ別の治療戦略の根拠として引用しています。[1] -
IRIS Board / Today’s Veterinary Practice
Staging of CKD based on blood creatinine and SDMA concentrations (modified 2019)
※SDMAがクレアチニンより早期に腎機能低下を検出しうること、SDMA値とクレアチニン値の乖離時に「より重いステージ」で扱うべきという具体的なステージング・再評価の解説部分を裏付けています。[2] -
IRIS
IRIS Staging of CKD in Dogs and Cats – 2023 update
※2023年改訂における犬のCKDステージ別クレアチニン・SDMAカットオフ(例:SDMA >18 μg/dL でステージ2として扱うなど)に関する最新の基準を参照し、「SDMAが高いと言われた時の再検査・経過観察」の推奨に反映しています。[3] -
Pedrinelli V. et al.
Nutritional and laboratory parameters affect the survival of dogs with chronic kidney disease
※腎臓病用療法食(リン・タンパク制限など)を摂取した犬では、維持食と比べて尿毒症クライシス発症までの期間および生存期間が延長した、というエビデンスとして「腎臓病の犬の療法食・栄養管理が予後を改善しうる」という記述を裏付けています。[4] -
ACVN / Today’s Veterinary Practice
Nutritional Management of Chronic Kidney Disease
※CKDにおけるリン・タンパク質・オメガ3脂肪酸など「腎臓病の犬の手作りご飯とリン制限」に関連する栄養学的要点、およびタンパク制限食が糸球体構造障害や生存期間に与える影響についての説明部分の根拠としています。[5] -
American College of Veterinary Internal Medicine (ACVIM)
ACVIM consensus statement: Guidelines for the identification, evaluation, and management of systemic hypertension in dogs and cats (2018)
※CKDに合併する高血圧の診断基準、血圧測定方法、リスク分類、降圧薬開始のタイミングなど、「腎臓病と高血圧管理」「ステージ4の余命と緩和ケア」における血圧コントロールに関する記述を支える根拠としています。[6] -
Lees G. et al. / ACVIM
2004 ACVIM Forum Consensus Statement: Assessment and Management of Proteinuria in Dogs and Cats
※持続性蛋白尿がCKD犬の予後不良因子であること、UPC値に基づくACE阻害薬などの治療開始基準など、「蛋白尿の評価と治療」「尿検査の重要性」を解説する部分の科学的根拠としています。[7] -
日本獣医腎泌尿器学会誌
Hypertension and proteinuria in dogs and cats with chronic kidney disease
※日本語圏の臨床現場に即したCKD犬の高血圧・蛋白尿管理に関する知見として、降圧療法が蛋白尿を軽減しうることや、その限界に関する解説を補強する目的で引用しています。[8]




